校歌

提供:五中・小石川デジタルアーカイブ
2017年3月20日 (月) 13:37時点におけるKoishikawa Admin 11 (トーク | 投稿記録)による版 (→‎エピソード)
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作詞・伊藤長七 作曲・北村 季晴


豐葦原の中原と 拓(ひら)きましけん日本武(やまとだけ)

尊(みこと)のみいつ吾嬬路(あづまぢ)に 古りし歴史は二千年

今將(は)た仰ぐ帝城の 武藏の國ぞ大いなる


源遠き文明の 科學(くわがく)の道に分け入りて

一もと咲ける野の花の ゆかりの色を翳(かざ)す時

立つるやここに創作の 眞理(まこと)をきそふ志


平和の光今更に 五州(ごしう)の海に輝きて

惠の波のいやひろく 八州(やしま)の外(ほか)に布(し)くところ

振(ふる)はんかなや開拓の  吾が校友の精

Media:Kouka128.ogg

府立第五中学校校歌

1.豊葦原の中原と

拓きましけん日本武

尊のみいづ吾嬬路に

古りし歴史は二千年

今将た仰ぐ帝城の

武蔵の国ぞ大いなる


2.流れも清き多摩川の

水にあらひて生まれたる

男心は東海に

えて高き不二の山

曙近き人の世の

彼方の空ぞなつかしき


3.豊島の里に程近く

樹立も深き岡の邊に

結ぶや少き人情

吾学びやの開拓に

理想の鍬を振り上げて

二つの腕の勇む哉

4.源遠き文明の

科学の道に分け入りて

一もと

エピソード

設立当初から制定され、当時は計6番で「紫友会の歌」(副題「開拓の精神」)であった[1]。大戦中、現在のものの6番「平和の光今更に」は「御陵威の光今更に」と変えられていた[1]

関連項目

脚注

  1. 1.0 1.1 50年記念誌 半世紀 3ページ欄外