「卒業生数の一覧」の版間の差分

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|rowspan="3"|大正||13||1||26||134||style="text-align:left"|1回(修)は前年の大正12年の4年修了者(以下同)
 
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|14||2||49||135||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計50
 
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|15||3||32||136||style="text-align:left"|3月の卒業時点で元号は大正15年。<br>この年の12月25日に大正天皇が崩御して同日が昭和元年12月25日となったため昭和元年卒業者はいない。
 
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|rowspan="24"|昭和||2||4||27||142||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計36
 
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|3||5||43||156||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計44
 
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|5||7||37||161||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計38
 
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|6||8||33||153||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計32
 
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|10||12||21||187||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計20
 
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|13||15||20||217||style="text-align:left"|昭和12年発行の学校一覧には修了者計19
 
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|22||25||-||166||style="text-align:left"|昭和17年度入学の5年生
 
|22||25||-||166||style="text-align:left"|昭和17年度入学の5年生
 
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|rowspan="2"|23||26||23||214<ref>昭和24年3月に卒業(証書授与)の2名を含む。</ref>||26回(5年生)は新制高校3年への進級を選択することができた。
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|rowspan="2"|23||26||23||214<ref>昭和24年3月に卒業(証書授与)の2名を含む。</ref>||style="text-align:left"|26回(5年生)は新制高校3年への進級を選択することができた。
 
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|27||11||-||style="text-align:left"|前年の昭和22年3月に4年生で修了した27回(修)のみが存在
 
|27||11||-||style="text-align:left"|前年の昭和22年3月に4年生で修了した27回(修)のみが存在
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昭和22年4月の新制中学校発足にともない旧制中学1年生は4月から新制中学2年生に、旧制中学2年生は4月から新制中学3年生に、それぞれ進級となった。五中は旧制中学校から新制高等学校へ移行するに際し、この新制中学生となった2年生と3年生が中学卒業するまでの移行期に新制中学校を2年間併設している。
 
昭和22年4月の新制中学校発足にともない旧制中学1年生は4月から新制中学2年生に、旧制中学2年生は4月から新制中学3年生に、それぞれ進級となった。五中は旧制中学校から新制高等学校へ移行するに際し、この新制中学生となった2年生と3年生が中学卒業するまでの移行期に新制中学校を2年間併設している。
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一方で、新制高等学校の開始は翌年昭和23年4月からであったため移行期の1年間は旧制中学校が一部継続して旧制中学4年生は旧制中学5年生に、旧制中学3年生は旧制中学4年生に進級した。この昭和22年4月に旧制中学5年生になった生徒は翌昭和23年3月の卒業後に旧制中学卒業か新制高校3年への進級を選択できることになった。このとき新制高校3年に進級することを選択した生徒が翌年昭和24年3月に新制高校最初の卒業生となり、紫友同窓会では「01回」と呼ぶ。旧制中学校時代の卒回と新制高校時代の卒回を区別するために新制高校の卒回は先頭に0をつけることになっている。
 
一方で、新制高等学校の開始は翌年昭和23年4月からであったため移行期の1年間は旧制中学校が一部継続して旧制中学4年生は旧制中学5年生に、旧制中学3年生は旧制中学4年生に進級した。この昭和22年4月に旧制中学5年生になった生徒は翌昭和23年3月の卒業後に旧制中学卒業か新制高校3年への進級を選択できることになった。このとき新制高校3年に進級することを選択した生徒が翌年昭和24年3月に新制高校最初の卒業生となり、紫友同窓会では「01回」と呼ぶ。旧制中学校時代の卒回と新制高校時代の卒回を区別するために新制高校の卒回は先頭に0をつけることになっている。
  
 
また昭和22年4月に旧制中学4年生となった生徒は翌昭和23年3月に修了する者と、新制高校2年への進級する者にわかれた。このとき新制高校2年に進級することを選択した生徒が昭和25年3月に卒業し02回生になる。
 
また昭和22年4月に旧制中学4年生となった生徒は翌昭和23年3月に修了する者と、新制高校2年への進級する者にわかれた。このとき新制高校2年に進級することを選択した生徒が昭和25年3月に卒業し02回生になる。
 
  
 
旧制26回と新制1回および旧制27回と新制2回は、それぞれ同期入学である。旧制26回は大部分が卒業後に新制高校3年に進級して01回となった。
 
旧制26回と新制1回および旧制27回と新制2回は、それぞれ同期入学である。旧制26回は大部分が卒業後に新制高校3年に進級して01回となった。
  
 
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|+新制高等学校
 
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2017年4月12日 (水) 14:33時点における最新版

旧制中学校、高等学校、中等教育学校と制度の変遷に加え、戦中戦後の一時的な制度変更や混乱などでわかりにくい部分がある。

卒回、期生

紫友同窓会では「第xx回/xx期生」といういわゆる卒業ナンバーは、原則として卒業を基準にしている。たとえば府立五中が開校した大正8年4月に入学し、大正13年の3月に卒業した者を「1回」としている。そのため、転出して再入学、留学し編入した場合などで遅れて卒業した場合には同期入学者とは異なる回数となる。

ただし例外もある。旧制中学校は5年制であったが4年修了時点で上級校へ進学する者もいた。彼ら修了者の回数は卒業待遇者として同期入学者の回数と同じとし、両者を区別する場合には「1回(修)」としている。

さらに、戦中戦後期は度重なる学制の変更によって回数の数え方が複雑になっている(後述)。

旧制中学校

旧制中学校は5年制(戦時中は4年制)であるが、4年修了で旧制高等学校などへ先んじて進学するものもいた。彼らは自分たちの前年度に入学した者たちと一緒に卒業したわけだが、紫友同窓会では同期入学者の卒回に合わせている。大正13年3月の卒業者および前年の大正12年3月の修了者を「1回」とよび、特に両者を区別する必要があるときは後者を1回(修)としている。

大戦中の昭和18年10月の閣議で中学校の修業年限を5年から4年に短縮する時期の前倒しが決定し、昭和20年3月は昭和15年度入学の5年生と昭和16年度入学生の4年生が同時に卒業している。

終戦直後の昭和21年2月に中学校の修業年限を4年から5年に戻す中等学校令改正が公布され即日施行された。この時点での4年生である昭和17年度入学生は5年生に進級することになるが、本人の希望により進級せず卒業することもできた[1]。昭和21年3月卒業の24回は進級せずに卒業した昭和17年度入学生であり、昭和22年3月卒業の25回は5年生に進級した昭和17年度入学生であり、両者は同期入学である。

旧制26回と新制1回および旧制27回と新制2回は、それぞれ同期入学である。

卒業年 回卒 修了者[2] 卒業者 備考
大正 13 1 26 134 1回(修)は前年の大正12年の4年修了者(以下同)
14 2 49 135 昭和12年発行の学校一覧には修了者計50
15 3 32 136 3月の卒業時点で元号は大正15年。
この年の12月25日に大正天皇が崩御して同日が昭和元年12月25日となったため昭和元年卒業者はいない。
昭和 2 4 27 142 昭和12年発行の学校一覧には修了者計36
3 5 43 156 昭和12年発行の学校一覧には修了者計44
4 6 30 157
5 7 37 161 昭和12年発行の学校一覧には修了者計38
6 8 33 153 昭和12年発行の学校一覧には修了者計32
7 9 27 153
8 10 22 203
9 11 30 187
10 12 21 187 昭和12年発行の学校一覧には修了者計20
11 13 11 218
12 14 19 200
13 15 20 217 昭和12年発行の学校一覧には修了者計19
14 16 11 228
15 17 23 209
16 18 14 233
17 19 19 221
18 20 23 230
19 21 44 207
20 22 77 170
23 - 236 全員4年生。22回卒(5年生)と同時に卒業
21 24 - 47 昭和17年度入学の4年生
22 25 - 166 昭和17年度入学の5年生
23 26 23 214[3] 26回(5年生)は新制高校3年への進級を選択することができた。
27 11 - 前年の昭和22年3月に4年生で修了した27回(修)のみが存在

新制中学校・高等学校

新制中学校は昭和22年4月から発足したが、同年第一学年の生徒のみを義務就学とし、以後学年進行によって24年度に全学年の義務就学が完成した。その間に23年度からの新制高等学校の発足に伴い、旧制中等学校の2年生と3年生は、新設の高等学校に中学校を併設して希望者はその2年生、3年生として教育するなどの経過措置がとられた。[4]

昭和22年4月の新制中学校発足にともない旧制中学1年生は4月から新制中学2年生に、旧制中学2年生は4月から新制中学3年生に、それぞれ進級となった。五中は旧制中学校から新制高等学校へ移行するに際し、この新制中学生となった2年生と3年生が中学卒業するまでの移行期に新制中学校を2年間併設している。

新制中学校(併設中学校)
卒業年 回卒 卒業者 備考
昭和 23 1 269
24 2 343

一方で、新制高等学校の開始は翌年昭和23年4月からであったため移行期の1年間は旧制中学校が一部継続して旧制中学4年生は旧制中学5年生に、旧制中学3年生は旧制中学4年生に進級した。この昭和22年4月に旧制中学5年生になった生徒は翌昭和23年3月の卒業後に旧制中学卒業か新制高校3年への進級を選択できることになった。このとき新制高校3年に進級することを選択した生徒が翌年昭和24年3月に新制高校最初の卒業生となり、紫友同窓会では「01回」と呼ぶ。旧制中学校時代の卒回と新制高校時代の卒回を区別するために新制高校の卒回は先頭に0をつけることになっている。

また昭和22年4月に旧制中学4年生となった生徒は翌昭和23年3月に修了する者と、新制高校2年への進級する者にわかれた。このとき新制高校2年に進級することを選択した生徒が昭和25年3月に卒業し02回生になる。

旧制26回と新制1回および旧制27回と新制2回は、それぞれ同期入学である。旧制26回は大部分が卒業後に新制高校3年に進級して01回となった。

新制高等学校
卒業年 回卒 卒業者 備考
昭和 24 01 190 旧制中学の26回生で卒業後に新制高校3年生を選択した者
25 02 295
26 03 368
27 04 436
28 05 435
29 06 427
30 07 388
31 08 417
32 09 404
33 010 422
34 011 413
35 012 407
36 013 409
37 014 414
38 015 399
39 016 403
40 017 412
41 018 520
42 019 459
43 020 452
44 021 453
45 022 446
46 023 441
47 024 434
48 025 429
49 026 436
50 027 401
51 028 404
52 029 405
53 030 411
54 031 415
55 032 409
56 033 412
57 034 410
58 035 436
59 036 434
60 037 403
61 038 428
62 039 455 1986年度 (昭和61年度)
63 040 433
平成 1 041 433 この年は昭和64年で始まっているが1月7日に昭和天皇が崩御し、3月の卒業時点で元号は平成元年となっている。
2 042 478
3 043 429
4 044 433
5 045 406
6 046 388
7 047 430
8 048 381
9 049 359
10 050 372
11 051 317
12 052 358
13 053 322
14 054 353
15 055 331
16 056 322
17 057 326
18 058 326
19 059 327
20 060 313
21 061 164
22 062 159
23 063 156

中等教育学校

回卒 卒業者
中等1 159
中等2 158
中等3 156
中等4 157

脚注

  1. 中等学校令改正(勅令第102号 昭和21年2月22日公布)附則
  2. 修了者の人数は出典によって数がまちまちで確固たる情報源が見つかっていない
  3. 昭和24年3月に卒業(証書授与)の2名を含む。
  4. 文部省学制百年史編集委員会「学制百年史」帝国地方行政学会, 1981