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五高壁新聞の成功を受けて配布物として作成されるようになったのが五高新聞。 | 五高壁新聞の成功を受けて配布物として作成されるようになったのが五高新聞。 | ||
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第5号から発行所が「東京都立第五高等学校新聞研究会」になり、活字による印刷になった。ロゴは明朝体の活字を使ったシンプルなデザイン | 第5号から発行所が「東京都立第五高等学校新聞研究会」になり、活字による印刷になった。ロゴは明朝体の活字を使ったシンプルなデザイン | ||
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第7号から桜をバックにした毛筆書体ロゴ | 第7号から桜をバックにした毛筆書体ロゴ | ||
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昭和25年5月29日第10号から小石川高校新聞に変更。発行所「東京都立小石川高等学校新聞研究会」 | 昭和25年5月29日第10号から小石川高校新聞に変更。発行所「東京都立小石川高等学校新聞研究会」 |
2017年9月19日 (火) 22:32時点における版
新聞 (しんぶん) は、五高・小石川を通じて生徒(主として新聞研究会)が発行していた生徒新聞である。2017年時点では「創作」というタイトルで発行されている。
変遷
昭和23年5月 「五高壁新聞」発行
昭和23年6月 「五高新聞」発行
昭和25年5月 「小石川高校新聞」へ改題
昭和26年1月 「小石川高校新聞」と「小石川高新聞」に分裂
昭和29年6月 「小石川高校新聞」に統合
昭和31年10月 「創作」へ改題
五高壁新聞
昭和23年5月24日に第1号
文字通り壁新聞となっており、新聞を作りたいと志向した生徒が先生の協力を得ながら作ったガリ版刷り。壁新聞はこの1号限りで、こののちは配布物として五高新聞になる。
五高新聞
五高壁新聞の成功を受けて配布物として作成されるようになったのが五高新聞。
昭和23年6月4日に第1号発行。ガリ版刷りで始まる。
第5号から発行所が「東京都立第五高等学校新聞研究会」になり、活字による印刷になった。ロゴは明朝体の活字を使ったシンプルなデザイン
第7号から桜をバックにした毛筆書体ロゴ
昭和25年5月29日第10号から小石川高校新聞に変更。発行所「東京都立小石川高等学校新聞研究会」
昭和25年11月12日第13号で号数カウントが一旦途切れる。新生小石川高校新聞(縮刷版では小石川高校新聞(2)とされている)の第1号、第2号は不詳。横線背景にフェルト文字のロゴ
昭和31年6月21日第23号まで小石川高校新聞
昭和31年10月2日第24号で創作に改題(上部は小石川高校新聞のまま)幅広横線にムラサキの枝花のロゴ
第25号の上部は「THE SOSAKU」
第26号の上部は「小石川高校新聞」ロゴが細かい横線にムラサキの花に
第27号の上部も「小石川高校新聞」
第28号で上部が「創作」横に小さい文字で「小石川高校新聞」
第30号では上部が小さい文字で「創作」その横に大きい字で「小石川高校新聞」
第31号では上部が「創作(小石川高校新聞)」になりしばらくこの形式が続く(昭和45年12月25日第87号)
第88号(昭和46年7月20日)で上部が「創作」
昭和26年1月新聞研究会と新聞部に文れる
昭和26年1月29日「小石川高新聞」発刊 都立小石川高等学校新聞部
昭和29年6月23日第14号新聞部と新聞研究会が合併して小石川高校新聞発行